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2015.05.15

大村寿司と長崎の海の幸

Oomurazushi
車内での昼食用に買ったなにげない押し寿司(散らし寿司)
夕食の調達に入ったスーパーにも売られており、
ここで初めて大村寿司なる名前がついていることを知った。
旅から帰り調べてみると(Wikipediaより以下引用)
大村寿司の起こりは室町時代中期とされる。
1474年(文明6年)、島原半島の領主有馬貴純が大村領に侵攻した。
当時大村を支配していた大村氏の当主大村純伊は大敗して
松浦郡加唐島(現佐賀県唐津市)に逃れ、後に少弐氏等の支援を得て反攻、
1480年(文明12年)に大村に帰還することができた。
この時、領主の帰還を喜んだ領民らが歓迎のために
食事を振舞おうとしたが食器が足らず、
浅い木箱(もろぶた)に炊きたての米飯を広げて
魚の切り身や野菜のみじん切りなどを乗せ、
さらにそれを挟むように飯や具を乗せた押し寿司を作り、
兵が脇差しでこれを四角に切って食べたのが現在の大村寿司の発祥とされている。
その後、大村の一般家庭で広く祝い事や来客の饗応に作ることが定着し
現在では市内の食堂のメニューや土産物にもなっている。
とある。
チャンポンに皿うどんに昼のライバルは多いが
大村寿司、たいへん美味しかったです。

夜は毎晩お刺身をいただきました。
Nagasakif01

Nagasakif02
これをお刺身にするのはたいへんそう。

Nagasakif03
どうやって食べるのだろうか?

Nagasakif04

Nagasakif05
アラカブ(カサゴ)
Nagasakif06

Nagasakif07
大村湾の石ガニ(まだ生きていました)。


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