« 羅臼昆布の老舗「四十物昆布」 | トップページ | 房の駅 »

2015.08.15

北前船廻船問屋・森家

1508morike01
森家は明治以降は名字を 「森」としたものの
それまでは四十物屋(あいものや)仙右衛門を名乗り
現在は国指定重要文化財となっているお屋敷の入り口上にも
「仙」の文字が入る灯篭が掲げられています。
1508morike03
明治11年(1878)建築(明治6年の岩瀬大火で焼失した後の再建)
簾を格子のように使ったスムシコ(簾虫籠)が特徴の表構えです。
スムシコは屋内からは外の様子をうかがえますが、
外から中は見えない構造となっています。
風通しもよく、夏に過ごしやすいとか。

1508morike04
商取引の場である囲炉裏のあるオイ(広間)と控えの間の敷居には
半畳のたたみが商売繁盛とかけてひかれています。

1508morike05
森家の家紋「蔓片喰(つるかたばみ)」
カタバミは繁殖力が強く、一度根付くと絶やすことが困難なため、
「(家が)絶えない」に通じ
藤、桐、鷹の羽、木瓜と共に五大紋の一つに数えられています。

1508morike06
前座敷の天井は彼岸桜。
同行の城廻りの師匠にはこの天井から龍が見えたそうな。

1508morike07
縁側廊下の板はお金が入るようにと「入」の字で組まれています。
中庭のガラス戸には、角に柱がない職人技です。
1508morike08

ちなみにこの建物は昭和25(1950)年に森一族が東京へ移る際、
倉敷レーヨン(現クラレ)富山工場新設にともない
大原總一郎が屋敷を買い受け、「晏山寮」と名付け
大原社長の定宿となっていたそうです。
工場の傍を流れる神通川の読みが「陣痛」に通じ
大原總一郎は、ビニロン工業化の安産を願い、この宿舎に「晏山寮」と名付けたとか。
1508morike10

1508morike11
この「晏山寮」の客間の壁には、棟方志功が大原總一郎のために作った
ニーチェの「ツァラトストラ」の冒頭の文句が刷られた版画が掛けられました。
(現在はレプリカで、本物は大原美術館に)
棟方志功は戦時中福光に疎開していましたから、
ここでも志功と富山がつながりますね。

1508morike09
その後、クラレが富山工場を閉鎖する際、
(1978年、富山でのビニロン原料用ポバール生産停止)。
屋敷は富山市に無償譲渡され、現在に至っています。
クラレ富山工場は
現在は富山化学工業(株)富山事業所 富山第2工場となっています。

ビニロンは日本初の合成繊維(ナイロンに続き世界で2番目に作られた合成繊維)。
1950年は朝鮮戦争が勃発した年でビニロンの需要が特需にも沸いた年です。

|

« 羅臼昆布の老舗「四十物昆布」 | トップページ | 房の駅 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 北前船廻船問屋・森家:

« 羅臼昆布の老舗「四十物昆布」 | トップページ | 房の駅 »