一幅の絵「菓匠 げんば堂」

母校の高校が都内を訪れた際に少しだけお手伝いをさせていただいた。
そのお礼としていただいた故郷の和菓子。
加賀市は「菓匠 げんば堂」の菓子だが、菓子はもとより
このパッケージがまたいい。

大聖寺出身の深田久弥が「日本百名山」の「北岳」の項で
「北に遠ざかりて雪白き山あり」という、
平清盛の五男三位中将平重衡が、一ノ谷の戦いで捕まり
鎌倉へ護送されてゆく途中で眺めた甲斐の白峰を
平家物語にある有名な一節から紹介しているが
石川県人にとってみれば「雪白き山」とは白山であり
自分も中学生のときからずっと学校の屋上や窓から眺めてきた
深田久弥と同じくふるさとの山である。
その白山がこの文と共に菓子箱の包装に描かれているのである。
(手前はこれまた中学時代から幾度となく登ってきた鞍掛山だろう)
ちなみにこの「げんば堂」さんの店の名だが
大聖寺の領主だった山口玄蕃宗永(げんばむねなが、1545~1600年)に
由来するのではと思われる。
山口玄蕃は豊臣秀吉に才を認められ、小早川秀秋の筆頭家老を経て
大聖寺の領主となった大名。
関ヶ原の戦いで、小早川秀秋が西軍から東軍に寝返ったにもかかわらず
豊臣家への忠義を貫き石田三成の西軍に付いた。
徳川方についた前田利長に大聖寺城を攻められ、
戦いに散った地元にもファンの多い戦国武将である。
山口玄蕃の命日である8月8日には毎年
大聖寺で首塚供養祭も開かれているという。
このげんば堂の菓子箱の包み紙も山ちゃんコレクションの一つと
させていただきました。
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